2017年11月

末広亭千穐楽。時間が少なかったので『め薬』。いつもより明るいお客様。思いっきり使うのに噺に入ってから手拭い忘れたことに気づく。莫迦野郎。

今日は圓楽師匠の代演で竜楽師匠がいらっしゃった。竜楽師は前座のころから色々な場所に連れていっていただいていたので、末広亭で会えて嬉しい。楽屋でひさしぶりに色々とお話をうかがう。

松鯉先生、最終日は『荒川十太夫』。無事十日間を終えた安堵感のなか、松鯉先生に誘っていただき、他の出演者とともに近くの中華料理屋で打ち上げ。このひと月ほどしばらく控えていたというタバコを深く吸い込んだ松鯉先生、とても美味しそうな顔(トトロがカッと目を見開いてニカ〜ッと笑ったような顔)をする。隣に座っていた松之丞兄さんが笑う。

学校公演のためJR東戸塚駅前で前座の春雨や晴太さん、スタッフさんと待ち合わせです。携帯を忘れてちょっと不安だったけれど無事に落ち合い、車で高台の小学校へ。去年も別の真打の師匠が来たらしいのでなるべく違う内容にしました。

いちど自宅へ携帯を取りに戻ってから『御神酒徳利』を準備しつつ東横線で新宿へ。

末広亭9日目『馬大家』。新しいまくらを演ってみる。

楽屋に音助さんが来ていたので、そのまま二人で喫茶店へ。

今日も末広亭にちょっと早めに向かいました。師匠の出番が昼席の15時30分ごろ。楽屋で待ち合わせした昇吾さんと二人で、師匠に『時そば』稽古のお願いをする。来月つけてもらうことになりました。1月のある会で演ることになっているからです。

千穐楽まで3日続けて末広亭夜席。『二人旅』

じぶんの高座が終わりそのまま楽屋に残ります。今日は圓楽師の代演で萬橘兄さんが来るということもあって。ひさしぶりに萬橘兄さんとお会いしました。萬橘兄さんの落語が好きで。入門してこっち側にきちゃうと前(客席)から落語を聴けなくなってしまうのですが。萬橘兄さんの落語は、今でもお金を払ってでも聴きに行きたいなあと思ってしまうのです。高座の裏から萬橘兄さんの『看板の一』を聞いたのだけど。なんて言葉が新鮮なんだろう。

トリの松鯉先生は『赤垣源蔵 徳利の別れ』。『徳利の別れ』いつも寄席で演られるけれど、そのときは10分あまりの寄席サイズ。今日は長講で30分たっぷり。末広亭全体が「いつまでも聴いていたい」という空気。前列のお客さんは涙を流して聞き入っていました。

午後2時すぎ、相鉄沿線で用事を終えて二俣川駅前で散髪しました。夕方から西荻窪の三ツ矢酒店の会。また横浜駅にもどって東京方面へ向かうのも気が乗らないので、そのまま下り電車で大和までいって小田急線にのりかえます。下北沢でおりて井の頭線で終点、吉祥寺。久しぶりに降りた。

ことし最後の三ツ矢酒店の会。

一.『二人旅』鯉丸 一.『寄合酒』明楽 一.『宮戸川』喜太郎

『二人旅』腹に入ってきました。

喜太郎さんはノリノリの『宮戸川』で盛り上がりました。じぶんで新作を作って、そして演じていることが、古典落語を演るときのプラスになっているのでしょう。毎月いっしょに勉強会をやっていると、他の人が変わっていく過程も見られる。ドキュメンタリーだ。

ご近所の方にお話をいただいて妙蓮寺の自治会館へ向かいました。午後1時すぎから地域の落語会です。

高座に上がると知った顔があって、高校時代の同窓生で驚きつつ高座をつとめる。

終演後に「久しぶりだね!」と声をかけてくれたので話を聞くと、ごく近くに住んでいるそうで、町内のチラシを見て来てくれたとのこと。本当に、高校の卒業式以来、10年ぶり。今日は打ち上げがあったので、「また今度飲みに行こうね」と約束しました。最近、高校の同窓生に思いがけず会うことが多い。そういう周期がきているのかもしれません。

打ち上げで今日の落語会でご一緒したお二人に話を聞くと、中央大学の落語研究会の方だそうで、昭和の華やかざりし寄席、黒門町(八代目文楽師匠)や柏木(圓生師匠)とのエピソードなど、たくさん聞きました。

ニッポン放送の栗村智アナウンサーも中央大の落語研究会だったなあと思っていると、案の定、栗村さんの話も出ました。すぐ下の後輩だったそうです。

僕は小学生のころからラジオが好きで、ナイター中継は栗村さんの実況が一番好きです。思いがけず栗村さんの話が聞けて、嬉しいひと時でした。

(栗村さんは、鶴光師匠が寄席でトリのときはたまに楽屋に顔を出されていたのですが、そのころ僕はまだ前座だったので自分から声が掛けられなかったのです……)

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